発信者としての責任

現代はSNSを通じて誰もが容易に発信できる時代ですが、その手軽さゆえに、自らの発言に対する責任感が希薄になっているようにも感じます。

「いかに数字を稼ぐか」「いかに正しそうに見せるか」という表面的な部分ばかりが重視され、本質を深く議論する場は失われつつあるのではないでしょうか。

これは庖丁の世界においても同様です。 庖丁は奥が深く専門的な領域だからこそ、根拠のない発言や企業に偏った情報が発信されても、多くの方にはその真偽を判断することが困難です。

その結果、誤った情報や偏った知識が広まり、小さなお店や個人がどれほど「正しいこと」を伝えたとしても、影響力の差によってその声が届きにくい状況が生まれています。

専門的な道具を扱う業界だからこそ、今一度、発信のあり方とその責任を問い直すべき時期に来ていると感じています。

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突き詰めている人ほど発信は難しくなる

皮肉なことに、この世の中には「できる人ほど自分の力不足を痛感し、できない人ほど自分を過信する」という側面があります。

だからこそ、本当に物事を究めようとしている人にとって、大きな責任を伴う「発信」という行為は、非常に難易度が高いものだと感じます。

断言することやインパクトの強さばかりが評価される今のSNS環境では、皮肉にも知識が浅い人ほど安易な発信がしやすくなり、深く知る人ほど圧倒的に不利になります。なぜなら、物事の本質を知れば知るほど、一つの答えを軽々しく「断言」できることは少なくなっていくからです。

例えば、藤原さんや柿沼さんは、撮影外でも常に包丁と向き合い、研究を重ね続けています。 あれほど膨大な知識を持ちながら、お二人が安易な発信を控えるのは、研究や製作が本業であることはもちろん、「間違った情報を流してはいけない」という強い責任感があるからです。

お二人は発信する直前まで、改めて一から学び直し、裏付けを取る。正直、ここまでの徹底は誰にでもできることではありません。その発信者としての覚悟と、使い手を大切にする誠実な精神には、我々も日々深く感銘を受けています。

エンタメの重要性とその裏に潜む危うさ

もちろん、エンタメ要素がすべて悪いわけではありません。

面白い試みやインパクトのある表現は多くの人に刺さりますし、物事に興味がない方にとって、入り口はいつだって「楽しさ」から始まるものだからです。

専門的な知識に触れてもらう前段階として、まずはその魅力を直感的に知ってもらうことは、非常に重要な役割を担っていると考えています。

ただ、ここで一つ大きな問題となるのが、受け手側にとって「エンタメ」と「本物」の区別をつけるのが非常に難しいという点です。

例えば、包丁の切れ味を伝えるためにペットボトルを切るパフォーマンスをしたとします。知識のある人は「エンタメとして面白い」と割り切って見ることができますが、多くの方は「よく切れる包丁とはペットボトルまで切れるものなんだ」「切れない包丁は質が悪いんだ」と、それを基準に判断してしまいます。

「冷静に考えれば分かるだろう」と思われるかもしれませんが、実際にそうした表面的なイメージに基づいたご質問をいただくことが多々あります。

入り口としての楽しさは必要ですが、意図せず誤解を招き、業界全体に悪影響を与えてしまう現状については、我々発信側が常に自戒を込め、深く考えていかなければならない課題です。

「よく見せる」発信への違和感

商品を「よく見せる」ための発信の中には、正直なところ悪質だと感じるものも存在します。明らかに知識のない層へ売ることだけを目的とした、不誠実な発信が散見されるからです。

もちろん、どの業界であっても利益を追求することは必要ですし、経済活動としての側面を否定するつもりはありません。

しかし、ビジネスとして成功さえすれば良いと言わんばかりに、「日本の伝統」や「切れ味」という重みのある言葉が軽々しく消費されている現状があります。

日々、お二人の傍らで本物の包丁作りとその矜持に触れながら発信している身としては、こうした状況を見るたびに、悲しい気持ちになります。

議論と知識そして経験の大切さ

これらを解決するために必要なのは、建設的に議論ができる場所、確かな知識、そして何よりそれらを自分自身で経験することです。

現在、市場にあふれる情報の多くには利害が絡んでおり、何が真実かを判別するのは容易ではありません。

また、現代は「答えを一緒に探していくような対話」よりも、どちらが正しいか悪いかを決めつける傾向が強まっているように感じます。

損をしないためにも、使い手であるお客様自身が正しい知識を備え、客観的に物事を捉える力を持つことが求められます。

私たちは、自分たちの発信に責任を持ち、皆様に多様な考え方や知識を届けていくつもりです。もちろん、私たちの発信がすべてにおいて絶対ではありませんし、技術や情報は常に変化し続けるものです。

だからこそ、すべての情報を鵜呑みにするのではなく、最後はご自身で経験し、考えることを大切にしてほしいと願っています。

その積み重ねを通して、包丁という道具をより身近に、そして深く楽しんでいただければ幸いです。

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