「爪に刃を立てて切れ味を確認する」という行為は、職場や調理学校、YouTubeなど多くの場所で教えられており、実際にこの方法で確認している方は非常に多いと思います。
もちろん、最低限「切れるか切れないか」を判別する手段としては、100%間違っているとは言えません。しかし、この確認方法で「最高の切れ味である」と説明されているケースも多く、その点においては正しいとは言えません。
なぜなら、爪に掛かる程度の状態は、真の切れ味から見ればまだ入り口に過ぎないからです。
この問題を議論する前に、まずは「切れ味」という言葉について再定義していきましょう。
切れ味の定義
多くの方は「切れ味=スパッと切りやすいこと」をイメージするでしょう。
しかし、包丁は単にモノを切る道具ではなく、人間が食べる食材を切り分けるためのものです。
今回は「食材の味に影響を与えるレベル」を「切れ味」と定義します。

切れない包丁/あまり切れない包丁:刃が潰れ、ギコギコしないと切れない状態や100均の包丁など。
切れる包丁/よく切れる包丁:それなりに刃先が研がれていて不快感なく切れる状態、または切りやすいと感じる状態。
切れ味が良い包丁: 切れる包丁に比べるとかなり切りやすい状態であり、かつ食材へのダメージを極限まで減らし、味にプラスの変化(本来の味を引き出すなど)をもたらす状態。
詳しくはこちらの記事をお読みください。

これらを「切れ味」と定義した場合、爪に引っかかる状態は「切れ味が良い」状態では無く、「切りやすい状態」と言い換えることができます。
引っかかる=切れ味が良い
なぜ、爪に引っかかる刃先が「切れ味が良い状態」と言われるのか。その理由は単純です。
多くの人の認識の中で、 ( 「引っかかる」=「刃が粗い」 )=「切りやすい」=「切れ味が良い」 という式が成立してしまっているからです。
しかし、そこに食材の「味」という概念を加えたとき、 「引っかかる」=「刃が粗い」=「切りやすい」≠「切れ味が良い」 であるということを理解していただく必要があります。
爪に引っかかるのは刃が粗いから
ここでいう「粗い」とは、目に見えるようなガタつきのことではなく、一定まで研がれた状態の中での微細な粗さを指します。
なぜ爪に引っかかるのか。その理由は、刃先が爪の繊維に対して「引っかかる程度の粗さ」を残しているからです。
厳密な数値を出すのは難しいですが、一般的に人間の爪を砥石の番手に換算すると、だいたい2,000番〜3,000番程度と言われています。

このイメージ図のように、刃先が細かくなればなるほど、爪の繊維には引っかかりにくくなることが分かります。
そのため、皮肉なことに「完璧に研ぎ込まれた包丁(本当に切れ味が良い包丁)」ほど、この確認方法では「切れない包丁」だと誤解されてしまうこともあるのです。
ここで、「自分は仕上げ砥石を使って研いでいるが、それでも爪に引っかかる」という意見もあるかもしれません。
結論を言えば、10,000番の砥石を使っていたとしても、刃先がその番手に見合うレベルまで仕上げ切れていないことが原因だと考えられます。
つまり、研ぎの技術に課題がある可能性が高いということです。
これは何かを否定しているわけではなく、「刃先がギザギザしているから引っかかるのだ」という事実を正しく認識していただきたいだけです。
「食材の雑味を出さずに、綺麗に美味しく切る」という視点に立てば、爪に引っかかる状態が必ずしも「最高に美味しく切れる状態」とは限りません。
「爪に引っかからないから切れ味が悪い」という限定的な判断で留まってしまうのは、包丁の切れ味の奥深さを知る機会を失っていることになり、非常に勿体ないと感じます。
切れ味が悪いことは「悪」ではない
最後に、切れ味が悪い状態(刃先が粗い状態)が、必ずしも「悪い」と伝えたいわけではありません。
刃先が細かすぎるゆえの弊害も当然ありますし、大量の食材をこなす現場では、多少の粗さがあるほうが作業効率が良い場合もあります。
大事なのは、そこに「目的」があるかどうかです。目的に合わせて、しっかりと道具を使い分ける必要があると考えています。
・この食材においてはこの粗さが最も作業効率が良い
・この料理においてはこの食材はこの粗さが最も表現したい味が出せる
このように、作業効率なのか、メンテナンス性なのか、あるいは食材の味なのか。すべてのバランスを決めるのは、現場で料理を提供する方自身です。
その上で、「このメニューなら爪に引っかかるくらいの状態がちょうどいい」という判断であれば、それは一つの正解です。しかし、「爪に引っかかるから、すべてにおいて良い状態だ」という固定観念は捨てたほうが、より自分の選択肢を広げることができます。
自分の目的やゴール、そして表現したい味に合わせて、包丁の状態(切れ味)を選ぶ必要があるということです。
一番大切なのは、実際に食材を切り、自分の舌で食べてみるところまで徹底することです。その結果から逆算して、今の包丁の状態を考えるのが理想的だと思います。
また、研ぎ方だけでなく、砥石や鋼材の品質・種類によっても刃先の状態は大きく変わります。それらを含めて学び、理解を深めていくことは、料理人として非常に大切であり、また面白い挑戦になるはずです。
YouTubeでも「爪チェック」についてお話している動画がありますので、ぜひご興味のある方はご覧ください。
YouTubeにそのまま飛んでいただくと、この内容から見ることができます。
